2022-6-141板橋七福神・安養院_001.JPG
この写真の説明
二番目は安養院、弁財天が祀られてます。七福神の中で唯一の女性の神様です。
川柳に宝船の七福神が六本の棹で漕いで往く、なんて内容の詠がありました。
広い境内で欅の大木が印象的な寺でした。
大きな駐車場もあり再度ゆっくりと拝見したい寺でしたが、願いは叶いませんでした。
雨で彩度の上がったツワブキを手前に配し奥には本堂をいれました。
この時期はどこもミドリがキレイでした。秋には黄色ツワブキの花で賑やかになるでしょう。
そうそう、新築の我が家にもツワブキの苗木を植えました。
撮影日時 | 2022/05/14 12:15:52 |
メーカー | NIKON CORPORATION |
モデル | NIKON D850 |
撮影感度 | ISO-400 |
露出時間 | 1/20 (s) |
F値 | f/16 |
焦点距離 (35mm換算) |
16 mm (16 mm) |
フラッシュ | ストロボ発光せず |
露出補正値 | 0 |
ホワイトバランス | 自動 |
デジタル・ズーム比 | - |
ソフトウェア | NX Studio 1.1 W |
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撮影日時 | 2022/05/14 12:15:52 |
メーカー | NIKON CORPORATION |
モデル | NIKON D850 |
撮影感度 | ISO-400 |
露出時間 | 1/20 (s) |
F値 | f/16 |
焦点距離 (35mm換算) |
16 mm (16 mm) |
フラッシュ | ストロボ発光せず |
露出補正値 | 0 |
ホワイトバランス | 自動 |
デジタル・ズーム比 | - |
ソフトウェア | NX Studio 1.1 W |
s_shibata
始まりはこのニコン。 いつの時代も価格は大卒の初任給の二倍と言われるニコンの一桁機、 その二代目F2です。 77年発売のF2のフォトミックAの黒いボディーです。 無骨な頭デッカチですが、機械式カメラの頂点です。 愛知・豊橋のカメラ屋で手にいれましたが、当時ニコンはヨドバシカメラには 卸してないと聞いてました。 理由はニコンが一強の時代、ヨドバシが安くうりニコンのブランドイメージを壊す からです。 そんなニコンと共に年を重ねて40年。 さいわいに、わたしもニコンも未だ現役。 これからもニコンで写真のある生活をたのしんでいきたいとおもいます。 (2017/2/17記)
写真総数 | 549 枚 |
アルバム数 | 54 冊 |
2022/06/27 17:39:32
今回は全て広角で撮影されたのですね。
ツワブキの大きな葉が雨に濡れて綺麗です。
新緑から青葉の季節に移り変わるお寺の佇まいが心を落ち着かせます。
板橋七福神はいずれも戦災には遭わずに往時の姿を留めているのでしょうか。
2022/06/28 10:44:02
小型のザックには16-35mmと24-70mmの2本を積めました。三脚は持たず全て気楽な手持ちのスナップです。
幸いに16-35mmはVRが着いてますから手持ちでは
威力を発揮します。特に深い絞り込みを多用するわたしには便利なレンズです。
気がつかなかったですが空襲を受けてないですね。
しかし、板橋区は武蔵野台地の縁、台地の上側は水害の被害はなく、縁の下の新河岸地区は低地です。
その昔、この低地にあった寺院は水害を受け台地側に移動してます。そのへんの経緯が寺の歴史に記述されてました。
2022/06/25 21:55:10
花が少ない時期にツワブキの黄色が綺麗ですよね。
新居にもツワブキを植えて楽しまれますか。
きっと秋には綺麗な花を見ることができますね
2022/06/26 08:48:52
ツワブキはよく海岸線で見る花の一つです。
自生するのでしょうか。
よく通った下田の恵比須島には古民家喫茶があり、
庭先に立つツワブキノ黄色花の看板は懐かしいく思い出します。
コロナ禍で店は閉じてましたが、今は再開したのでしょうか。
2022/06/19 09:54:22
広角レンズの見本ですね 勉強になりましたよ
2022/06/24 11:04:31
好きなツワブキの葉が雨に濡れて鮮やかでした。
新しい我が家に北向きの玄関にツワブキの苗を植えました。
七つの寺はどこも広い境内でした。都会にあっても
贅沢な敷地です。いずれも新緑が綺麗で都会のオワシスのようでした。
大きな境内の理由は簡単です。寺院は税が免除されるからです。
世代が変わっても相続税がかからないからです。
民間では代ごとに相続税がかかり、相続税対策で土地を売る事になります。土地の処分と相続、このことが兄弟喧嘩の要因の一つです。
板橋も偉大なる田舎でしたから、あちらこちらで土地をめぐり兄弟による裁判がありました。